Vゾーンの大部分を占めるカラーとラペル
スーツスタイルの着こなしでもっとも気をつけたい場所は「Vゾーン」です。
Vゾーンとは、ジャケットのテーラードカラー、シャツのカラー、ネクタイ(ノータイの場合はデコルテ)を合わせた首周りのV字型の部分、及びその周辺のことで、スーツ(ジャケット)スタイルの表情とも言われます。
たしかに、スーツの起源であるフロックコートとともに巻かれたネックスカーフ、さらに遡ると軍服や騎士のゴルジェに至るまで、ヨーロッパでは首周りに特徴が施された衣服は多い気がします。
そんなVゾーンの中でもジャケットのテーラードカラー、とりわけラペル(下えり)は、時代の流行り廃りがあり面白い部位です。少し前まではナローラペル(6-7cm前後)が全盛でしたが、現在のトレンドはレギュラーラペル(8cm前後)に戻りつつあります。
ラペル幅が変わると、シャツのカラーの形やネクタイの幅・ノットにも影響を与え、スーツ全体の着こなしにも影響を及ぼします。
ところで、このテーラードカラーは、日本語に訳すと「仕立てられた”えり”」です。衣服の「えり」には「襟」と「衿」の2種類の漢字があり、どちらの漢字もよく見かけますが、「襟」と「衿」は別物なのでしょうか。
今回は、「衿」と「襟」の意味の違いや使い分けなどについてお話したいと思います。
襟と衿の意味の違い
襟と衿の違いでよく言われることは、「襟」は洋服(洋装)に使われ、「衿」は着物(和装)に使われるというもの。
たしかに着物に関する書物を見ると、「衿」の漢字が多く使われています。ただ、スーツの記述にも、ときおり「衿」の漢字が見られます。
まず、「襟」と「衿」の大きな違いとして、「襟」は常用漢字、「衿」は当用漢字(人名限定)として使われるという違いがあります。
常用漢字とは、内閣告示によって定められた公用文書や新聞などで「一般的に使う漢字」と定められたものです。そのため、「衿」という漢字を公用文書や新聞で使うことはありません。
また、常用漢字ではないものの人名に使える「人名用漢字」もあります。
「襟」「衿」の漢字の取り決めは割と新しく、「襟」は1981年に常用漢字として追加され、「衿」は2004年に人名用漢字に追加されました。
もし、本当に「襟」は洋服(洋装)、「衿」は着物(和装)という使い分けがされているなら、常用漢字かどうかは関係なく、昔から長い年月をかけて慣習的に使い分けられてきたのかもしれません。
襟と衿の使い分け
「襟」が洋服、「衿」が着物という明確な使い分けの定義があれば、襟と衿の区別は難しくありません。
ところが、調べてみると、「襟」と「衿」には洋装、和装で反対の解釈がされた本も出版されています。
「襟 和服の首の回りに当たる部分。襟巻」
「衿 洋服の首の回りに当たる部分。衿無し」
「領 人の首の後ろの部分。領首」(【注意】肉体の一部としてのエリは、和服を中心に考え、旧表記でも「襟・襟元・襟首・襟足」などと書いた。)
(武部良明「漢字の用法」角川書店)これと異なる説明もあります。
「襟 衣服の、首の回りの部分(洋服) また、えりくび、うなじ。」
「衿 着物のえり(和服)」
「衽 衣服のえり。」
「領 衣服の、首に触れる部分。」
(阿久根末忠「活用自在同音同訓異字辞典」柏書房)
※「漢字の用法」は1982年、「活用自在同音同訓異字辞典」は1994年の出版
過去の文献によっても和洋の解釈がバラバラだということは、「襟」と「衿」の使い分けは洋装、和装で決まるものではないということでしょう。
そのため、「えり」を漢字で使いたい場合は、慣習による洋装・和装の区別など深く考えずに、常用漢字の「襟」を使えば間違いありません。
襟・衿を使わずにカタカナで表現
「襟と衿の漢字の使い分けができないなんて、何となく気持ち悪い。」と思う人は、「えり」と平仮名で使うか、以下の横文字(カタカナ)を使いましょう。
ジャケットでは、下襟(ラペル/lapel)と上襟(カラー/collar)を合わせたものを折襟(テーラードカラー/tailored collar)と言い、ラペルとカラーを縫い合わせたラインを襟刻み(ゴージライン/gorge line)と言います。
シャツの場合は襟に上下の区別がないため、レギュラーカラー、ホリゾンタルカラーなどの名前がある通りカラー呼びで問題ありません。
冒頭でお話した通り、スーツスタイルで最も気をつけたい場所は「Vゾーン」です。そして、Vゾーンの大部分を占めるのは襟(衿)です。
襟のあり方が良くなければVゾーンがかっこ悪くなり、Vゾーンがかっこ悪ければ質の良いスーツを着ていても、着こなしに違和感が出ます。
Vゾーンの基本的な組み合わせ方や流行、マナー別のVゾーンの作り方などは、別途お話したいと思います。まずは、今日から襟と衿の漢字に対する違和感を失くしておきましょう。