シーン別のスーツの着回しとは
スーツは仕事のためだけに着る服ではありません。一般的に、スーツを着るシーンにはフォーマルシーン、タウン(ビジネス)シーン、カントリーシーンという3つ(4つ)のシーンがあります。
- フォーマルウェア(スーツ)
- 冠婚葬祭などで着用する形式を重んじた洋装の礼服のことで、正礼装、準礼装、略礼装という3つの格式で服装が異なる。デザインや色は格式によって厳格に決められている。
- タウンウェア(スーツ)
- 仕事やホテルでの食事など外出用のスーツのことで、デザインもフォーマルのように厳格ではなく、ダーク系以外にベージュ、ブラウンなど明るい色、柄もストライプからチェックなどカジュアルダウンしている。現在のビジネスウェアは、ほぼタウンウェアと言って良い。
- カントリーウェア(スーツ)
- タウンスーツよりもリラックスした普段着のスーツで、デザインもラフなため、夏はコットンやリネン、冬はツイードやニットなどの動きやすい素材、色・柄もとくに決まりはない。
参考|フォーマルスーツ・タウンスーツ・カントリースーツの違いとは
この中でフォーマルシーンだけは形式を重んじた特別な装いが必要ですが、それ以外のビジネスシーン、タウンシーン、カントリーシーンでは、スーツの特性に合わせた効果的な着回しが可能です。
シーンに合わせたスーツの着回しは、現在よりも1950-1960年代の方が盛んに言われていました。ちなみに、当時はビジネスウェア(通勤)、アーバンウェア(タウン=街着)、サバーバンウェア(カントリー=郊外用)と区別されていました。
今回は、当時の3つのシーンの着こなしを知るために、「男子専科」「男の流行」などのメンズファッション誌に寄稿していた牧田淳氏の執筆から、1958年3月1日発刊の「男の流行」の「プラスアルファの効果-機能的なワードローブの研究-」を引用して、トレンドを読み解いてみます。
※牧田淳氏の著作者人格権を尊重し引用していますが、現代でも読みやすくするために最小限の改編をしています。
アーバンウェア(タウンウェア)の場合
アーバンウェア=街着
まずウーステッド(一般的なスーツの織物)でシングル3つボタンの上下揃いを作る。上着はアーバンウェアとして、かなりダークな色の生地質の落ち着きを見せる。ラペルは短くし、Vゾーンを小さくすることによって、いかにも街着らしい雰囲気になる。脇ポケットも玉緑という平凡な線で全体との調和を図る。
しかし、ここでは極端なアーバンスタイルは避け、ビジネスウェアとしても使えるし、多少のスポーツ感を与えることも出来るようにするのが目的である。たとえば生地に無地のものを使っておけば、後で色彩によって色々な感覚を与えられるため便利である。
最近のアメリカの流行の1つに、フラノダークなチャコール調上下揃いを作るものがある。このとき同時にツイードの淡い調和色でスポーツジャケットを作って、これをアーバンウェア、ビジネスウェア、サバーバンウェアにする。これも暗色無地で、ビジネスウェアとしての土台になる背広とし、これにアクセサリーを明るくしてスポーティな感覚を盛ろうという企図である。
一般的には替えズボンに無地の淡色を1本あわせることで、ビジネス向きとサバーバン向きに応用できるようにするのが常識である。前のアメリカの例は、服装を多少そろえて持っている人のプランとしては最高である。
どちらにしても、基本がアーバンらしいダークな色を使ってあるから、上着にしろズボンにしろ、合わせるものを淡色にしてセパレーツの感じを活かすと同時に、スポーティな明るさを増すことを考えておくのが上策である。
左上:ビジネスウェアの効果も狙ったカーディガンセーター / 左下:レギュラーカラーのビジネスシャツ / 中:無地色のズボン / 右:スーツに調和したツィードのジャケット
このアーバン調の背広にダークなカーディガンのセーターを合わせると、カーディガンの効果によって非常にビジネスウェアの感じが強くなる。この例からもわかるように、カーディガンをチョッキにして上着を着ると全く同じような効果が出てくる。
土日の遊び着、散歩着とするためには、スポーツシャツ※を着ることでその雰囲気を出す。少し厚地の化繊生地などがよい。背広の生地気や色にもよるが、無地ならばスポーツシャツは相当大胆な柄物まで使える。出なければ派手な色無地で、できるだけ明るい調子を出す。もちろんノータイで絹のマフラーをあしらうと、背広の単調さを補ってくれる。背広の色をスポーツシャツとマフラーの背景になるように配色すれば良い。
※ボタンダウンシャツやポロシャツなどに加えて、カジュアル柄なシャツを思われる。
サバーバンウェア(カントリーウェア)の場合
サバーバンウェア=郊外用
サバーバンウェアは、今までのスポーツウェアと違って、スポーツウェアでもどこかに都会着らしい雰囲気が出ているものであるから、背広の構成にも違った面が出てくる。
例えば、ツイードのジャケットにフラノあるいはウーステッドフラノなどの組み合わせとして、セパレーツスタイル※をとるのが基本となる。そして、上着もチェンジポケットで都会的散歩着の風格を出し、胸ポケットのフラップでいかにも砕けたスポーツウェア感を実現するといった具合である。
※ジャケパンなど上下の色柄・素材をが異なる組み合わせのスタイルのこと。
肩もラペルを短くして、3つボタン、前裾を大きく開いているところなどいかにも開放的な明るさを表現し、生地も淡色でズボンの濃色と対照的にしてセパレーツ形式を取り、郊外着らしいくつろぎを感じる。
これに、プレーンで単純なポンチェロ※を加えてある。これは、上着の生地が太めのダイアゴナル(斜めストライプ)のツイードであるから、この大変ラフな感覚に対して、プレーンな無地のポンチェロをあしらい、色だけのスポーツ感によって、あまりスポーツウェアになりすぎるのを抑えたことになる。こういうところに都会の感覚を持つスポーツウェアとしてのサバーバンウェアの特徴が見られる。
※プルオーバー型のニットベストのことで、旧式の呼び方。
左上:ネクタイは濃い色無地が効果的 / 左下:派手な調子のウール製スポーツシャツ / 上中:ビジネスウェアにも使用できる色無地のスポーツシャツ / 右上:プレーンな感じのポンチェロ / 右下:淡色無地のプルオーバーシャツ
これをより一層大胆なスポーツウェアとするために、赤の無地スポーツシャツをあしらって、上着の淡色との対比で、強く若さを出してみるのが面白い。シャツがボロ型の変形でかぶり型というのも、いよいよ大胆な感覚であるところに注意されたい。
あしらうのは、マフラーのセーラーノット、これでスポーツジャケットとしては割合に単純なサバーバンらしい生地質を背景にして、ネックポイントの強い調子をはかっているわけである。サバーバンの限界である都会着向きの上着をスポーツウェアらしくするための手段である。
もう1つ、スポーツシャツの配合によって、遊び着としてのバラエティを付け加えてある。今度は前の色無地で真っ赤という表現法に対照的な、大きな碁盤縞を持ってきてある。もちろん原色と白の配合になる碁盤縞は適当である。ネックのボタンを留めてサバーバンの散歩着向きに誇張をある程度抑えてある。
その他考えられることは、ネクタイに濃い色無地があしらってある点などスポーティであるが都会着風の洒落方をしているところなどが調和を感じる。こういうときの靴は絶対にスポーツシューズでなければいけない。都会向きの靴は絶対に使わないようにする。
ビジネスウェアの場合
ビジネスウェア=通勤
通勤向きの背広としては、今のところこのようなシングル、2つボタン、ウェアストラインを低くし、ボタン位置を下げ、割合胸開きのゾーンを長く下げるアメリカンシルエットが代表的である。襟元をすっきり見せ、ビジネスウェアの炭素化を図っている。若い人に向く、清純さが見られるからである。至極ポケットの単純な線もそのためであるが、これはフラップつきとしても良い。
この場合ネクタイのクラブタイ風の横ストライプがアクセントとしてよく効いている。
生地はこの時もビジネス向きに無地としておいたほうが後からの応用が広く利く。ここでは、割合に淡色を使って若々しい背広ということを強調している。こういうときに替えズボンを使うならば、色の濃い、色彩感がはっきりとした、強い感覚のものをあわせることが常識である。
これを土台にしてスポーティな感じを出すための3つの場合を考えてある。
左上:綿ブロード製のプレーンなジャンパー / 左下:軽快なモカシンスリッポン / 上中:やや深いラウンドネックセーター / 下中:ビジネスウェア向きのおとなしいストレートチップの黒靴 / 右上:大きな弁慶格子のスポーツシャツ / 右下:濃い色のフラノ替ズボン
第1の場合は、大きな弁慶縞※のスポーツシャツを配し、これにラウンドネックの色無地セーターを組み合わせてシャツの大胆な感覚を抑えると、丁度サバーバンウェアといった都会的感じのスポーツウェアとなる。この場合も背広の無地を背景とし、ネックの変化による表現だけで大きな効果を出していることに、何よりも新しい服装の構成の特色を見られるのである。
※弁慶格子とも言われる江戸時代に流行ったチェックのことで、ギンガムチェックに近い柄。
第2の場合は、前に使ったスポーツシャツだけをあっさり配合し、その弁慶縞の大胆さだけで、つまり背広とスポーツシャツという単純な表現のテクニックで、さっぱりとしたスマートさを感じる土日向きの華やかなスポーツウェア感を盛り上げている。このとき胸の飾りハンカチをもっと大胆に調和させることによって、いよいよスポーツ感が出てくる。
第3の場合は、このシャツにありふれた形の綿ブロードジャンパーを組み合わせて、自動車のドライブやハイキング向きのスポーツウェアとしてある。
ジャンパーは中間明度の茶であるがこの場合、組み合わせるために買った濃色の変えズボンを合わせるとセパレーツ風スタイルとしての色彩配合となる。
靴も、上下そろいのビジネスウェアには無装飾のビジネスシューズを履くのが普通であるが、ごく若い人向きの服装を目的にして全体を作り上げてあるから、モカシン型でもよいし、ブローグ※、セミブローグが明るくてよい。そして、これならば、そのままスポーティな服装に構成した場合にも、そのまま使ってスポーティな効果を発揮する。
※メダリオンやパーフォレーションなどのようにレザーに穴を開けて装飾すること。
牧田淳
スーツは着回しを楽しむもの
本稿は60年ほど前に書かれた記事のため、表現や言葉が古く感じる箇所も多々ありますが、シーン別のスーツの着こなしや着回しの考え方は現在とそれほど変わらないことがわかります。
昔も今も、ビジネスシーンにはビジネスウェア、タウンシーンにはタウンウェア、カントリーシーンにはカントリーウェアの着こなしがあり、スーツジャケット・パンツがどのシーンでも活躍することがわかります。
牧田淳氏は、文中で「一着の背広をもったなら、それを幾通りにも着て、実用と楽しさを満喫しようということ、これこそ洒落の本道である。」と語っています。
わたしがカジュアル服をよく買っていた15年ほど前に比べると、洋服の値段は格段に安くなりました。
そのため、「あのトップスとあのシャツどっちにも合うパンツはどれかな?」と1着を吟味して複数の着回しを考えるより、単品でかっこいい、かわいいと直感的に思った服を数着買っても昔より安くおさまります。
これはとても嬉しい反面、着こなしを考える楽しさが半減している気もします。着回しを考えることこそ、牧田淳氏が言う”洒落の本道”なのでしょう。
もちろんスーツも以前より安くなったとは言え、カジュアルな服のように数千円で……というわけにはいきません。そのため、スーツを着るシーンを想像して存分に着回しを考える”洒落の本道”を味わってみてください。