スーツをビシッと見せる1本の線
社会人にとって、ビジネススーツは毎日着る戦闘服です。人に会う機会が多い職業の人ほど、ビジネススーツという戦闘服が他人に与える影響の大きさを実感しているはずです。
そんなビジネススーツのパンツの中心には、ビシッと折り込んだラインが入っています。このラインを一般的に「センタープレス」と言いますね。
仕事において、ビジネススーツのパンツにセンタープレスが入っているのは当たり前のため、いつの間にかセンタープレスが消えてしまい、「◯◯くん、パンツがビシッとしてないじゃないか。」と先輩から注意を受けた人もいるでしょう。
パンツはセンタープレスの有無で、見た目の印象が変わります。センタープレスがあるとスマートで尖ったイメージ、センタープレスがないと丸く柔らかいイメージになります。
では、なぜビジネススーツのパンツ(トラウザーズ)には、センタープレスがあるのでしょうか。また、センタープレスはなければいけないものなんでしょうか。
今回は、スーツパンツにセンタープレスが必要な理由といつの間にかセンタープレスが消えてしまう理由についてお話します。
センタープレス(クリース)とは
センタープレスとは、スラックスやトラウザーズなどのパンツの中心に入ったラインのことで、パンツを折ってアイロンがけなどで折り目を付けて1本のラインに見立てたものです。
ただし、センタープレスは例によって和製英語です。正しくは、英語で「クリース(crease)」または「センタークリース(center crease)」と言います。
センタークリースのメリットは、パンツの裾まで入った折り目が縦方向のラインを強調するため、脚をスマートに長く見せてくれる点です。
さらに、折り目によってパンツが立体的になるため、正面からのシルエットに奥行きが出るだけでなく、横から見た際にシャープでドレッシーな印象が強くなります。
なお、日本では男女問わずセンタークリースが入ったパンツを「センタープレスパンツ」などと呼びますが、もちろん日本だけしか通じない言葉なので注意してください。
また、センタークリースは、パンツのプリーツ(タック)の有無によって見た目の長さが変わります。
たとえば、プレーンフロント(いわゆるノータック)の場合、前面のセンタークリースは太もも付け根よりも少し上くらいまでですが、ワンプリーツの場合はセンタークリースとプリーツが一体化します(本来センタークリースとプリーツは別物)。
なおプリーツの有無は関係なく、パンツの後面はおしりの下までセンタークリースを入れます。
センタークリースの起源
センタークリースは、ラウンジスーツが登場した当初(1860年ごろ)からあったディテールではありません。
パンツにセンタークリースが登場した明確な年数はわかりませんが、英国王エドワード7世(1841年-1910年)がセンタークリースの起源になったという有名な説があるため、1880年から1890年頃だと言われています。
元々パンツの折り目は意図的ではなく、たたみ方で付いた自然なもので、当時はパンツの中心ではなく両サイドに折り目が付いていました。
ところが、エドワード7世の従者がパンツのたたみ方を間違えてしまい、パンツのセンターに折り目が付いてしまいました。
エドワード7世は、その折り目を気にすることなく好んで履くようになり、それが貴族の間に広まってスーツパンツ(トラウザーズ)にセンタークリースが付けられるようになったそうです。
他にも、パンツのセンター折り目が入ると、誠実なイメージに見えると軍服で採用されていたものが、トラウザーズに応用されたという説もあります(もちろん諸説あり)。
パンツにセンタークリースは必要?
冒頭でお話した通り、センタークリースがあるとスマートなイメージ、ないと柔らかいイメージになりますが、イメージの問題だけでなく、センタークリースは現在のスーツスタイルに必要なディテールの1つになっています。
そのため、センタークリースがボケたり、消えてしまったパンツは、ビジネスシーンではだらしない印象を与えてしまいます。
大量生産されたスーツは明確ではありませんが、仕立てられたスーツは細部の立体感がとても重要視されます。そして、立体感を実現するのが、プロの縫製テクニックやアイロンワークです。
ビスポークスーツは、プロの様々なアイロンワークによって細部の立体感を出す工夫がされ、それがスーツを着たときのエレガントな装いにつながっています。
もちろん、プロが細部に施すアイロンワークを真似ることはできませんが、センタークリースは私たち素人でもアイロンで簡単に作ることができ、効果的な立体感を出せる唯一のディテールです。
そのため、センタークリースがボケていたり、センタークリースが消えたままパンツを履くのはとてももったいない履き方です。
センタークリースがボケる・消える理由
スーツは、着ているだけでパンツのセンタークリースが徐々にボケてきて、そのうち消えてしまいます。
多くのスーツに使われているウール(主に光沢が出やすいウーステッド)生地は吸水性が高く、1度着用しただけで、身体から発する汗を吸い取ってしまいます。
ウールは、水分を吸収すると膨張して繊維が膨らんでほつれやすくなるため、それが何度も続くことによって、パンツのセンタークリースは徐々に消えていきます。
ちなみに、スーツは1度着ると3日ほど休ませないと吸収した水分が抜けきりません。そのため、連続着用が多くなるほどセンタークリースが早く消えるだけでなく、膨らんでほつれた繊維の隙間にホコリが入り込んでテカリになるなど、生地が早く傷む原因になります。
とくに、日本の夏は高温多湿なうえに、生地が薄い春夏スーツは水分を含みやすいため注意しなければいけません。
センタークリースが消える期間は、スーツの着方やその人の体質、環境、生地質など様々な条件によって異なりますが、日々のブラッシングや当て布をした定期的なアイロンがけによって延ばすことが可能です。
つまり、センタークリースがボケたり、消えてしまったパンツを履いている人は、スーツのケアを怠っているだらしない人とも言えます。そして、そのことを知っている人ほど、しっかりとパンツにセンタークリースがあるかどうかをチェックしています。
消えたセンタークリースを元に戻すには
毎日スーツをブラッシングして、定期的に当て布をしてアイロンがけをしていても、ウールは徐々に傷んでいくため、センタークリースの保ちも少しずつ悪くなっていきます。
もちろん、アイロンがけも熱でプレスして繊維を押しつぶしているため、生地を痛める原因であることは間違いありませんし、クリーニングに出しても生地を痛めることは同様です。
では、消えかかったセンタークリースをビシッと元に戻す方法は……あります!いくつかセンタークリースをビシッと付ける特殊加工があるため、そちらの詳細はまた別途お話したいと思います。
参考|パンツの折り目が取れない!リントラク加工・シロセット加工とは
日本でも昔から、礼義正しい様子、秩序だった整然たる様子を指して「折り目正しい人」など、良い人物像を表す言葉に”折り目”が用いられました。それは、きれいな折り目が和服に大切な要素だったためです。
着物などの和服はたたんで保管します。なぜなら和服を吊るしたままにすると型崩れするからです。和服を長持ちさせるためには、折り目に沿ってきれいに正しくたたむ必要があるんです。
つまり、折り目が正しいとは、和服を正しい折り目で正しくたたんで仕舞う一連の流れを意味しており、転じてきちんとした様子を表す言葉になっているわけです。
スーツは西洋の貴族が着る服装。そのため、日本人がスーツにおける感覚がいまいち分かりづらくても、日本文化や和服に置き換えると何となくイメージできますね。
きれいな折り目があるということは、単純な見た目や身なりがよくなるだけでも、マナーの良し悪しだけでもなく、普段の生活のあり方まで判断する材料になり得るということを覚えておきましょう。