ネクタイをする意味がわからない
みなさんは、ネクタイにどのようなイメージを持っているでしょうか。
「ネクタイを締めると身も心もビシッと引き締まる気持ちはわかるけど、仕事中常に付け続けるのはちょっと窮屈かも。」
多くのビジネスマンにとって、ネクタイは仕事の際に着用しなければいけない”義務的な存在”という意識が強いかもしれません。
その証拠に、クールビズの時期になると街中では一切ネクタイをしない人ばかり。これはきっと、暑さのせいだけではないはずです。
たしかによく考えてみると、ネクタイは決して機能的ではありませんし、首の前にちょろっと垂れたあの形も意味がわかりません。社会人は、なぜあんな不思議なものを今でも年中身に付けているのか……。
もちろん、スーツスタイルに欠かせないネクタイには、締めるべき意味と歴史の背景があります。私たちが普段何気なく着けているネクタイは、いつごろから使われるようになったのでしょうか。
今回は、ネクタイを締める理由、またネクタイの起源についてお話したいと思います。
ネクタイとは
ネクタイとは、襟付きシャツの襟の周りに巻いて顎下に特徴的なディテールを持ってきた帯状の布、または紐状の装飾具のことです。
ネクタイには様々な形や太さがあり、材質は主にシルク、またはリネン、ニットや化繊などが使われています。
英語でネック(neck)にタイド(tied)するためネクタイ(necktie)と言いますが、フランス語ではクラヴァット(cravate)、イタリア語ではクラヴァッタ(cravatta)と呼ばれます。
ちなみに、ナポリのトレンドからいわゆるノータイスタイルの「センツァクラヴァッタ(senza cravatta)」という言葉を知っている人もいるかと思いますが、「senza」はイタリア語で「~なしに」という意味のため、センツァクラヴァッタは「ネクタイなし」という単純な名付けです。
そんなネクタイは、明治初期にスーツと同時に日本にやってきました。今ではもう使われませんが、当時の日本では襟紐(えりひも)、襟締(えりじめ)という名称だったようです。
ネクタイ(クラヴァット)の起源
さて、ネクタイの起源ですが、ネクタイが単純に首に巻く布や紐の装飾具だとすると、古代にまで遡って世界中どこにでも存在していたため、その起源を特定することができません。
そこで、現在のネクタイに近い”首に巻いてディテールを顎下に持ってきた装飾具”をネクタイの始まりだとするならば、17世紀フランスのルイ14世(1638年-1715年)時代がネクタイの起源と考えられます。
三十年戦争においてクロアチア人兵士が傭兵としてフランスを訪れた際、兵士が首にカラフルな布(スカーフ)を巻いている様子を見たルイ14世が、自国軍兵士に「あれは何だ?」と尋ねたところ、「クロアットです。」と答えました。
ところが、実はフランス軍兵士はクロアチア人兵士について尋ねられたと勘違いして、「クロアチア人(クロアット:croate)です。」と答えていたんです。それがクラヴァットと変化して後のネクタイの由来になった……というお話がもっとも有名な説です。
これは、イギリスのキャプテン・クックがカンガルーの名前を先住民に聞いたところ、「カンガルー(わからない)」と答えたことをカンガルーという名前の動物だと勘違いしたことに似ていますね。
まぁ、カンガルーにしろクラヴァットにしろ名前の由来は諸説あるため、本当かどうかはわかりません。そういえば、背広も高級紳士服の仕立て屋が集中したサヴィル・ロウが由来とされますが、こちらも真偽不明のため、歴史は曖昧に伝わることが常なのでしょう。
参考|デキる男の服装とは?スーツを着こなすため必要な内面の要素
どちらにしても、ネクタイが生まれたのはフランスとされ、クラヴァットが今のネクタイの始まりだということは、多くの人が述べている通りです。
クラヴァットからネクタイへの変化
イギリスにクラヴァットが伝わったのも17世紀。ルイ14世と同時期に生まれた英国王チャールズ2世(1630年-1685年)が、亡命先のフランスで流行していたクラヴァットを英国に持ち帰ったことからです。
チャールズ2世は、1666年10月7日にそれまでの絢爛華麗な貴族の服装を改めた「衣服改革宣言」を出し、宣言の中でジャケット、ベスト、パンツ、シャツ、ネクタイをセットにした男性の服装を規定しました。
出典|File:King Charles II by John Michael Wright or studio.jpg – Wikipedia
クラヴァットは、衣服改革宣言によって貴族装や軍装に採用されてヨーロッパ全域に伝わり、徐々に市民も首元をカラフルな布で飾るようになり、イギリスでは「ネックスカーフ」という呼び方で定着していきました。
それから長い年月をかけて、ネックスカーフはおしゃれの小道具として様々な巻き方が研究されます。当時のネックスカーフは、単純に布を巻いただけのものだったため、それを留めるためのピン(後のネクタイピン)が登場したのはこの頃です。
ネックスカーフが現在の剣状のネクタイ「フォアインハンドタイ※」に変化したのは19世紀末ごろ、つまりスーツの原型であるラウンジスーツができて少ししてからで、シャツの襟が小さくなり、それに伴ってネクタイの結び目も小型化したことによります。
※ネクタイの基本的な結び方「プレーンノット」は別名フォアインハンドと言い、この名前が由来になっている。
当時はアンボタンマナーの由来である英国王ジョージ4世とボー・ブランメルの時代。ブランメルのネックスカーフの巻き方は徹底しており、きれいに巻くためにのりをつけて巻いていたと言います。つまり、失敗しても巻き直せないため、次々に新しいものを用意して巻くということです。
参考|2つボタン3つボタンスーツでマナーが違う?1番下を開ける理由
また、フォアインハンドタイと同時期に「ボウ(蝶ネクタイ)」や「アスコットタイ」も登場しています。
この時代は様々なネクタイが登場した時期であり、首元のおしゃれとして、TPOに応じてネクタイを替えることが貴族たちのアイデンティティになっていました。
ネクタイを締めないとマナー違反?
さて、ネクタイの大まかな歴史はわかったものの、ネクタイが本当に必要かどうかはわからないままです。
冒頭でお話した通り、ネクタイは衣服ではなく装飾品であり、顔に近いVゾーンを飾る装いではありますが、特別な機能を持っているわけでもない一本の布に過ぎません。
ところが、世界的(欧米的)な視点で見てみると、ネクタイを締めているだけで高級レストランの出入りが許され、ホテルのドアマンの対応が変わります。
一本の布が持つ力は、日本人が仕事の際に着用する”義務的な存在”と思う以上に大きな存在であり、たった一本のネクタイだけで、その人の見られ方が変わることは常識となっています。
これは、ひとえにネクタイが上流階級の嗜みだとされる長い歴史背景を伴っているためですが、とくにチャールズ2世が宣言した「衣服改革宣言」が大きな意味を与えているのでしょう。
では、「ビジネスシーンでネクタイを締めないとマナー違反になるか?」ですが、すべてTPOによって決まるものだと思ってください。
基本的に、スーツスタイルとはネクタイをきっちり締めることで完成します。そのため、完成されたスーツスタイルからネクタイだけを外すとだらしなく見えます。
スーツスタイルからネクタイを外して着崩す場合は、ネクタイを外す以外にも全体的にカジュアル要素を取り入れなければアンバランスになります。もっともわかりやすいのは、セパレートスタイル(ジャケパン)ですね。セパレートスタイルであれば、ネクタイを外しても違和感はありません。
もちろん、ジャケットを脱いでカジュアルシャツを合わせても良いと思います。全体をカジュアルにすることで、その場がカジュアルでも許されるということがわかれば良いわけです。
ワイシャツとカジュアルシャツの違いは?着こなしに違いはある?
もちろん、プライベートであればスーツスタイルからネクタイだけを外しても問題ありません。
たとえば、ディナーの後でバーに寄ったときなど、ネクタイをポケットチーフ(ポケットスクエア)代わりに胸ポケットに挿すなどはスマートな所作であり、同時にカジュアル要素も追加されています。
なかなかわたしたち日本人にはピンと来ない感覚ですが、欧米のアッパーミドル層にとってネクタイの使い所の重要性は小さいころから教えられる常識、つまりマナーです。
日本でいう箸の使い方と似ていると考えてください。もし蕎麦をフォークで食べる日本人がいたら、「え…………。」となります。”引く”という感覚です。人によっては、マナー違反だと注意するかもしれません。
日本では欧米のスーツ文化を受け入れているため、スーツを着るなら、やはりネクタイの使い方も同じように常識、マナーとして受け止めるべきでしょう。
近代日本のダンディズムと言えば落合正勝氏ですが、彼は著書の「男の服装術」の中で、ビジネスシーンでネクタイをする意味についてこのように話しています。
現実だけを、重く受け止めればよい。現実に照らし合わせ、我々の社会で、ネクタイが非常に重要な意味を持っているということだけを自覚すればいいのだ。