紳士服の意味と業界の立ち位置
わたしが仕事をしている業界は、一般的に「紳士服業界」などと言われていますが、この「紳士服」が何を指すのかわかりますか。
また、衣服に関係する業界を「アパレル業界」や「ファッション業界」などと言ったりしますが、これらと紳士服業界にはどのような関係性や違いがあるのでしょうか。
「何となく、ファッション業界は最先端のおしゃれのように聞こえる……。アパレル業界は若い子向けの服を扱っていて、紳士服業界はスーツと礼服なのかな?」
このように思っている人は案外多いかもしれませんが……実はちょっと違います。紳士服も、本来はスーツや礼服を表すわけではありません。
では、アパレル、ファッション、紳士服などの言葉はどのような意味合いで使われているのでしょうか。
アパレル、ファッションとは
アパレル(apparel)は、衣服という意味です。そのためアパレル業界とは、衣服業界全般を意味します。ただし、アパレルに関する生産活動を表すため、本来はアパレル産業と言った方が良いですね。
アパレル産業には、繊維業を含む衣服の製造業、流通業、卸売業、小売業までが含まれます。もちろん、紳士服取扱店も紳士服の小売業としてアパレル産業に含まれます。
では、「アパレルの意味が衣服なら、ファッションも服のことだから、アパレルとファッションは同じ意味?」というと、そうではありません。
日本では「ファッション(fashion)=服」と考えられがちですが、ファッションには服を始め、理美容や音楽など生活スタイル全般を指す意味があります。
また、ファッションには最新の傾向や動向を指す意味もあるため、どちらかと言うと「トレンド(trend)」の意味の方が近いでしょう。そのため、ファッショントレンドという言葉は、とくにライフスタイルにおける最新の傾向・動向を表す際に使われます。
では、なぜ「ファッション=服」のイメージがあるかと言うと、誰もが身につけていて見た目で現在の傾向がわかり、時代によって常に変化し続けているものだからでしょう。
要は、ライフスタイルを表すファッションの代表選手、シンボルマークが服だということです。
紳士服、婦人服とは
紳士服がアパレル産業に含まれることはわかりましたが、前述した通り「紳士服=スーツ、礼服」ではありません。
紳士服とは、元々成人男性向けの洋服(衣服)を指します。つまり、ボーイズサイズではない男性向けの洋服全般が紳士服になります。ということは、婦人服は成人女性向けの洋服全般のことです。
ところが現在、紳士服はスーツや礼服をのみを表す用語として使われる(認識される)ことが多いですね。
これは、紳士服という言葉が広まった1960年代に、まだ現在のようなカジュアルな既製の洋服が少なく、仕事でスーツを着る以外は和服の着用が多かったという時代背景があります。
1960年当時の洋服とは、スーツやジャケット、スラックス、シャツなどを指し、それらが元々英国紳士の装いだったことから「洋服=紳士服」となったわけです。
ちなみに、青山商事は1974年に日本で初めて「洋服の青山」として紳士服量販店1号店を開始します。今の感覚だと、「なぜスーツと礼服が中心なのに”洋服”なの?」と疑問に思いますが、当時は「洋服=スーツ・礼服=紳士服」だったため違和感がなかったんですね。それが今日まで残っています。
紳士服業界の立ち位置
では現在、わたしが従事する紳士服業界は、アパレル全体のどの位置にいるのでしょうか。まずは、市場における位置を見てみます。
矢野経済研究所によると、アパレル産業は大きく「紳士服」と「婦人服・子供服」の2つに分かれています。そしてそれらの洋服を取り扱う「百貨店」「スーパー」「専門店」に分かれます。
スーツも礼服も今どきのカジュアルな洋服もいっしょの扱いです。そのため市場分析などにおいては、しばしば「紳士服」「メンズ服」「男性服」などの名称で、成人男性が着る服全般がまとめられます。
では、産業における位置はどうでしょうか。前述した通り、アパレル産業には製造業、流通業、卸売業、小売業などがありますが、「紳士服」という用語は紳士服量販店でのみ使われます。
参考|スーツ量販店のAOKI・青山・コナカ・はるやまの違いと比較
そして、紳士服量販店のほとんどが商品の企画・開発・製造・販売などを一連の流れで行う「SPA(エスピーエー)」を行っているため、紳士服量販店は小売業と言いつつも、アパレル産業におけるすべての業種を担っていると言えます。
SPA(speciality store retailer of private label apparel)とは、いわゆるアパレル業界において、仕入れ販売をする小売業者が、自社ブランドのオリジナル商品の開発・製造・販売までを一括して行う方法を言います。よく「製造小売」や「製造販売」と呼ばれます。
紳士服メーカーと紳士服ブランドの違い
最後に、紳士服メーカーと紳士服ブランドと言われて、その違いはわかるでしょうか。
「紳士服メーカーは紳士服量販店のことで、紳士服ブランドはラルディーニとかイザイアとかブルックスブラザーズのことでしょ?」
このようにメーカーは一般的で大量生産、ブランドは高価な製品とイメージする人は少なくありませんが、紳士服に限らずメーカーとブランドの違いは、高価とか一般的などは関係ありません。
- メーカー
- 製造元の会社名
- ブランド
- コンセプトベースで作られた商品グループ名
上記でいうと、たとえばユニクロはブランド名で、ユニクロを作っているファーストリテイリングはメーカー名です。
エルメス(Hermes)はブランド名で、エルメス・アンテルナショナル(Hermes International)がメーカー名、シャネル(Chanel)はブランド名で、シャネルインターナショナルBV(Chanel International BV)はメーカー名、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)、セリーヌ(Celine)、エミリオ・プッチ(Emilio Pucci)、フェンディ(Fendi)はブランド名で、メーカー名はLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン/Moet Hennessy ‐ Louis Vuitton)となります。
そのため、AOKIの場合は株式会社AOKIがメーカー名、AOKIがブランド名になります。同じだと少しわかりにくいかもしれませんが、ツープライススーツのORIHICA(オリヒカ)はブランド名ですね。
このように「紳士服」という言葉にスポットを当てると、現代においてはスーツとは言い切れず、男性服とも言えない少々曖昧な存在であることがわかります。そのため、紳士服という言葉自体が改められる時代もやってくるのかもしれません。