生活に影響を与えた素材トレンド
1950年代後半から1960年代にかけてアメリカファッション界の素材トレンドとして君臨した「シルケンタッチ」は、アメリカファッションに強い影響を受けていた日本のメンズファッション界にもまたたく間に広がっていきました。
シルケンタッチはスーツやジャケットは言うまでもなく、シャツ、ネクタイ、帽子、靴などにも用いられ、トレンドだけでなく人々の衣服の着こなしや着心地にまで影響を与えていました。
素材トレンドであるシルケンタッチが、人々の衣服の着こなしや着心地にまで影響を与えていたとはどういうことなのでしょうか。
今回は、昭和32(1957)年3月1日発刊の「男の流行」創刊号に寄稿された「[最新流行] シルケン・タッチ」から引用して、当時の素材感に影響を与えたシルケンタッチの理解を深めてみましょう。
※久慈康夫氏の著作者人格権を尊重し引用していますが、現代でも読みやすくするために最小限の改編をしています。
シルケンタッチとナチュラルルックの関連性
シルケンタッチ(silken-touch)の言葉の意味であるが、シルケンとは「シルク(絹)の、シルクのような」と言う意味のため、絹のようなタッチを表す。絹のように柔らかいと言うことは、昔から日本だけでなく外国でも言われていることで、絹には特有の光沢と柔らかさがあって、これが独特の豪華感を生んでいる。
そこでこの光沢と柔らかさによる豪華感で男性的なエレガンス(優雅端麗さ)を出そうというのが、シルケンタッチの根本的な狙いである。したがってシルクはもちろん、シルクの混紡交織、ポリッシドコットン(つやを出した仕上げの綿)化繊などが用いられる。
最近、混紡交織の技術が非常に進歩して今までになかった生地が織り出されると同時に、様々な加工技術も発達し、従来の生地でも違った外観や性質を備えたものが出てきている。特に化繊と天然繊維にナイロンを混ぜることで弱かった生地を丈夫なものにしたり、カシミヤやフクダなど弱いが豪華な毛を混ぜることによって一掃の豪華感を出すなどの方法で、今までにない薄手で豪華なものが織り出されている。
また天然繊維に樹脂加工、天然化繊にエアーセル(気泡)加工を施して光沢を持たせたり、パイル風な表面を作ったりなど、これまた今までにないようなものが生み出されている。そのため、絹のように柔らかな感触がどんな生地でも加工できるようになってきたわけで、これが”シルケンタッチ”の大きな裏付けとなっている。
ラストラス(光沢のある)ルックといって、絹や人絹やナイロンなどをポツポツと入れて光沢を出した生地、これを使ったファッションは去年からの流行で、シルケンタッチはこの進展なのだが、ラストラスルックの一つ前にはふし織りのようにプツプツの多いナッピイな生地を用いるナッピイタッチ(プツプツとした節をナップと言う)が流行だった。このとき霜降りのように様々な色の撚毛が入ったドニゴルツイードなどと共に、新しい感覚として復活したのが、デュピオン(玉繭)と呼ばれるプツプツの出たシルクであった。
ナッピイタッチからナップに光沢(ラスター)を持たせるラストラスルックになり、更にこれがシルケンタッチに進展したわけで、シルケンタッチは決して突如現れた流行ではない。従ってナッピイタッチの特徴であるプツプツとした節やポツポツと撚毛の入った不ぞろい・不規則的な表面感と光沢が持つ優雅端麗さを結びつけて、男性的な柔らかさを狙ったのが”シルケンタッチ”だと言えるのである。
そしてこの狙いは、いわゆるナチュラルルックがスタイルとして完成され、磨きがかけられる過程に入った結果、質感による洗練味を持たせてナチュラルラインの柔らかさをで優雅端麗を表現するという意味では、ナチュラルルックと根本的な関連をもっている。
シルケンタッチの感覚を織り込んだ生地の色々
ジャケットの織とシルケンタッチ
まずスーツやジャケットでいうと、不規則的なスラップ(撚毛)のあるシャンタンタイプの織り方が流行になりつつある。シルクシャンタンがその先頭で、シルクとウール、デークロンとウール、モヘアとウール、これらの混紡交織がそれに続いている。
例えば、シルクとウーステッドで小さなナップを基盤縞に出して不規則的な表面効果に光沢を持たせた生地、伝統的な縞柄グレンプレイドの地織りにシルクの糸を織り込んだ生地、ツイード風なざくっとした織り地に白いシルクで不規則的なポツポツを散らした生地などがシルケンタッチの生地として新しい流行を生む途上にある。
特に最後のツイードは、ツイーディルックとシルケンタッチを結合して、毛羽のあるざくっとした質感に不規則的な効果で光沢を与えているところに新鮮味がある。ツイーディルックは、いわばナッピイタッチの母体で、終戦直後に流行したギャバディンが代表する滑らかで堅い感じの表面に対する反発であって、毛羽のある柔らかいツイード風なものが新しい感覚として迎えられたのである。そしてこの毛羽っぽい柔らかさが推し進められて毛羽の長いモヘアやキャメルへ行き、一方ざくっとした滑らかでない感じがナッピイに向かって、ドニゴルからデュピオン(玉繭)まで至ったのである。ツイーディに光沢を結びつけたことは、新しい2つの方向を再び結合したということで”シルケンタッチ”の感覚的な新しさがみられる。
シルクとウーステッドの交織にしても、経(たて)にシルクサテンとオールシルクを使い、緯(ぬき)にウーステッドを用いて彙輪(後光などのかさ)を出したり、金属的なトーンを出したり、碁盤縞や陰影をつけた縞を出したりというものが出てきているし、シルクとウーステッドギャバディンでも彙や虹のように柔らかくキラキラした感じのギャバディンがシルクと交織されている。またドゥピオーニ(イタリア玉繭のシルク)とウーステッドは、50%づつを結合したものが様々な色と柄でできている様相で、この種のシルクやシルクの交織はイタリアからアメリカに輸出されている。
スポーツジャケット(背広)でも、豪州ウールとシルクを7:3の割合で交織したものがアメリカの新製品として売り出されているが、ぼかし気味に色調を柔らかくしたグレンプレイドなど、グレーとタンで出ているものは「yd約9oz」という極めて軽いものである。スポーツジャケットでは、イタリア製のシルクツイードを使ったものが、アメリカにおける春のトップモードと見られている。
アウタージャケット(日本でいうジャンパー)にも、ツイーディなシルクの交織生地がIVY風な縞柄などで使われているが、これも極めて軽い点が”シルケンタッチ”の特徴になっているし、ズボンではヴィスコーズとモヘアとデークロンをリンネル風に織った光沢があるものが”シルケンタッチ”の1つとして出てきている。
色は淡調、明るい色調に移る中間調がこの春の全般的な傾向で、濃調の名残りであるチャコールトーンがくすみとして若干残っている。一般的な流行の中心は淡調のグレーだが、ブルーが再び進出してきて、淡調のネイビーからパウダートーンまで比較的明るい色調が強い。タンとブラウンの茶系統も明るい調子に向かっているが、決して退調の兆しを見せているわけではない。
柄は織りで出した効果が優勢で、チェックやブレイドが前述したタッチで新鮮味を加えている。同時に縞柄も縞と縞との間隔の取り方(スペーシング)にバラエティーが多くなり、地や縞に配した光沢を不規則的な表面と調和させることに工夫が払われている。特にイタリア製のシルクツイードなど、ツイーディな地合に光沢を活かした霜降りがかった縞をスペースと同じ大きさで出すと、光沢のあるスペースの方が逆に縞柄のように浮き出すというシルケンタッチを縞柄と効果的に結びつけたものも出ている。いずれにしても不規則的な表面効果を柄と結びつけることが根本的な傾向である。
シャツスタイルのシルケンタッチ
シャツはドレスシャツやスポーツシャツを通じて、オールシルク、シルケンコットンなどが流行の前線であるが、特にサテンストライプ、つまり光った縞を織りで出したものが強い。それともう1つは上質のブロードクロスで金属的なオーバーチェックをプリントしたもの、これがサテンストライプと並んで、”シルケンタッチ”のハイライトと言える。そして全てのシャツ生地が、柔らかく光沢ある仕上げに向かっているところに、シルケンタッチの傾向が濃厚に出ている。
一昨年あたりから、アメリカンベンベルグがクピオーニという糸をコットンの経(たて)に用いているが、これが最近はデークロン、コットンとヴィスコースレーヨンなど、いずれも緯(ぬき)に使われだし、シルク風な地合のものを生み出し始めた。クピオーニという名前からして、玉繭のドゥピオーニを連想させる。もちろんドゥピオーニを模しているわけだが、これが最近の”シルケンタッチ”の流行で需要が増して、アメリカのシャツメーカーでは、大手5社が早くもこの新しい生地を使い始めている。このクピオーニを緯に使った新生地は、従来製より丈夫で経済的な点が買われているのだ。
ドレスシャツでは、光沢のあるエジプト綿に細かく小さいチェックをゴールドプリントしたものが最も凝った1つで、”シルケンタッチ”のトップモードであるが、スポーツシャツではナッピイな生地やプリント物でも色どりや柄合いがややボールドな物が多い。だが全般的にいってスポーツシャツでも、カリフォルニアスタイルほど派手でないのがニューヨークスタイルの特徴で、ポリッシドコットンにジャガード織り柄を出したり、ドゥピオーニに織縞を大きく出したりという傾向で、色や柄を落ち着かせて地合の光沢や不規則的な表面感を活かしている。
ドレスシャツの色は白、ソフトブルー、ソフトイエロー、グレーなどが人気で、青にしても黄にしても”シルケンタッチ”の現在の特徴である柔らかい調子が多い。アメリカのことだから、恐らくいずれは強い色彩に行くだろうが、現在は”シルケンタッチ”の狙いである柔らかさを活かした色調に向かっている。カラー(襟)の形はショートポイントでスプレッドが依然として優勢だが、欧州風にやや長めの襟がに復活の兆しを示すと共に、スポーツシャツに新しいロール傾向が出てきている。
シルケンタッチのスポーツシャツ
アクセサリーとシルケンタッチ
ネックウェアもシャンタン織り、密に織ったシルク、ツイル(斜紋)とファイバーの交織など、スーツや上着が”シルケンタッチ”となると、ネクタイの場合はただ光ったものでは面白くない。そこでシルクにコットンを混ぜて、新しい織り方で特殊な表面効果を出すなど、いわゆるテキスチュードが出てきている。地肌というかキメというか、ともかく表面感に特殊な味を出したものが”シルケンタッチ”の上着に調和する点で新しい流行となり始めている。
色はペールトーンであるが、暗い薄色ではなく白みの加わった明るい薄さで、ブルー、グレー、ベージュなどが一般的な流行色。特に先端的なハイファッションの色はシャンパン色にローズが加わったローズシャンパンで、底に渋さがあって派手という、”シルケンタッチ”の上着には素晴らしいアクセントカラーになる。また、白も新しい重要性を持ち始めている。堅い感じや柔らかい感じの表面と結びついて、プレーンな白が特別な効果を持つからである。
帽子はクロースハットとキャップが急激に流行しているので、イタリアのドゥピオーニやシルクとコットンの交織なども使われるし、夏のストローハットでも上等のミラノにはシルク風な光沢が与えられ、これにシルクのバンドを配するという様相で”シルケンタッチ”が極めて強く出てきている。
シルクやポリッシドコットンも普通に用いられるだけでなく、純絹をストローのようにギザギザを出した織り方をしてキャップに使うなど、凝った使い方が出てきている。金色の地に明るいグレーで、ポツポツを出しして”シルケンタッチ”の豪華感を小さなキャップに捕えたという傾向が最も先端を切っている。また、ストローハットのバンドには、ポリッシドでも特につやを出した仕上げのコットンが縞柄などで使われているが、感覚的な新しさが流行の可能性を見せている。
靴ではオールシャンタンのものや革で甲の一部にシャンタンを使ったものが新しい流行となり始めているし、シワを寄せた仔牛の革を光沢仕上げにしたもの、ブラッシドレザー(毛羽立てた革)はスポーツウェアはもちろん、ビジネスウェアにも使われだしている。一般的な流行はこの光沢仕上げの仔牛やブラッシドレザーで、シャンタンはやや先端的というところである。
映画「イスタンブール」の”シルケンタッチ”
ナットキングコールが着用するダークブルーのイブニングジャケットは、シルクシャンタンで典型的なシルケンタッチ。柔らかい光沢のある特徴が良くわかる。
企画:久慈康夫
シルケンタッチまとめ
今では当たり前となっている生地の織り方や加工技術は1950年当時に急速に発展し、世間の関心が高かったファッション業界(服飾業界)を軸にしてまたたく間に使われるようになっていきました。
当時はシルケンタッチという素材に施される技術を如何に活用して色や柄に代えるかが研究されていたため、単純な色糸によるカラーリングや編み込みによる柄、またはプリントなどよりも重視されていました。
このころ「色は質感に対し第二義的になった」と言われるほど、シルケンタッチによって作られた絹のような柔らかい素材感が新しく、着心地に与える影響が大きかったことが当時の文献からわかります。
当時の衣服はオーダーメイドに対してレディメイド(既製服)と呼ばれることが多く、それだけ仕立て服よりも既製服の方が品質が悪く、これからのものであるとされていました。
シルケンタッチの技術が研究されなければ、衣服はしばらくの間のっぺりした質感でベタッとした色味が続いていただけでなく、大量生産で品質が良い既製服が出てくるのは遅れいていたのかもしれません。
もちろん、シルケンタッチは当時のトレンドであるアイビールックにも影響を与えています。
参考|1950年代日本ではIVY|アイビールックはどう理解されていたか